Ayana 代表取締役CEO
神戸大学文学部を卒業後、楽天株式会社に入社。ECの基礎を学ぶ。その後、外資系メーカーに転職しメーカー側の課題に直面する。夜間MBAにて経営戦略を学ぶと同時に、FMCGよりもラグジュアリーブランドにおけるマーケティングに興味をもち、フランスESSECに留学。帰国後、外資系化粧品メーカーのECマネージャーやスタートアップCMO等を経て、MonCargoを創業。
Evergreen Marine Corporation(長榮海運)(以下、Evergreen)は、1968年、Chang Yung-Fa(張榮發、ちょうえいはつ)によって台湾で設立された海運物流企業です。
1968年、Evergreenは、張榮發によって設立されました。彼の経営フィロソフィーである"creating profits, caring for employees, and giving back to the society"(利益を生み出し、従業員を大切にし、社会に還元する)をもとにその約20年後には世界トップクラスの海運物流企業に成長しました。
Evergreenのめざましい成長について知るために、まずEvergreenが設立された1960年代以降の台湾経済についてみていきましょう。
16〜17世紀からもともとアジア交易圏の中継地として貿易が栄え、現在は半導体をはじめ経済成長が著しい台湾ですが、Evergreenが設立された時代はどうだったのでしょう。
1960年代というのは、冷戦の真っ只中です。1950年〜1953年は朝鮮戦争が起こり、アメリカは東アジアの共産化の防波堤として台湾をますます重要視し、1951年から経済支援、1954年から軍事支援を開始します。経済支援は1年あたり1億ドル、1951年から1965年まで続きました。この1950年代は輸入品に関税をかけ国内産業の工業化が伸び、1960年代は台湾の中で中小企業が成長、輸出志向工業化戦略が成功しました。
戦後から1980年代までの台湾経済の時代区分がわかりやすく説明されていたので引用します。
1945年~52年 混乱の収拾期
1953年~60年 輸入代替工業化期
1961年~72年 輸出指向工業化期
1973年~80年 労働力不足に対応した経済構造の変革期
(財務総合政策研究所 第10章 台湾 p.238)
1960年代、海上輸送の需要が上がる輸出主導型の時代に、Evergreenはサービスを開始しました。当初は1隻の中古船からはじまりましたが、1975年にはコンテナ船を建設。1970年代、オイルショックによる世界経済混乱のなかで、Evergreenはフルコンテナサービスを開始し、アメリカとアジア間の貿易拡大とともに成長しました。この1960年〜1980年にかけて、蒋介石・蔣経国(息子)政権は政治批判をかわす意図でも、経済成長に力をいれました。
Evergreenがコンテナ船を登用した同じ1975年、蒋介石が死去すると、民主化運動が強まり、1987年に、世界最長といわれた戒厳令(1949年〜1987年)が解除されるまで、民衆運動はさかんにおこなわれ、翌88年、李登輝が台湾生まれの初めての総裁となり、民主化・近代化を推進しました。
1980年以降の台湾経済はハイテク産業・加工輸出・情報処理産業が基幹産業として進められました。この経済戦略が成功し、台湾は、韓国、香港、シンガポールとともに、NIEs(ニーズ、 Newly Industrializing Economiesの略。新興工業経済地域ともいう)と呼ばれるようになりました。
ちなみに、この時期、経済政策を推進していた人々は、経済専門家というよりもむしろ技師や物理学者が多かったとのことです。「1949年~1985年まで、経済実務閣僚14名のうち10名は(経済学ではなく)工学の出身者だった。彼らスーパーテクノクラートが台湾の急速な工業化を推進する中枢にいた」(世界史の窓『台湾』より抜粋)とあるように、台湾のコンピューターや電子部品、そして半導体による経済発展は、彼らの力があったといえるでしょう。
最後に1980年から現在にかけての、実質GDP及び一人当たりGDPについて、わかりやすく日本と比較した図を紹介します。
▼実質GDPについて
▼一人当たりGDPについて
IMF,2023より筆者作成
一人当たりGDPをみるとあきらかですが、台湾の経済は1980年以降ずっと成長し続けています。これからも台湾の経済動向からは目を離せませんね!
1975年の北米向けフルコンテナサービスの開始から、つづいて欧州フルコンテナサービスの開始、1984年にはコンテナ船では史上初の世界一周航路(東航、西航の双方でアジア・ヨーロッパ・アメリカをつなぐ航路)を実現するなど、Evergreenは世界的に航路とサービスを拡大し続けました。その後、船隊50隻、10万TEUの世界最大コンテナ船となりました。優れた運搬能力や安全性から1989年にはエバー航空という航空会社も設立しました。
多くの船社が、他の船社との合併を通じて規模の経済を原理に成長したのに対して、Evergreenは独自の経営戦略により、航空会社事業だけでなく、ホテルや不動産など多角化経営に成功しました。また、海上コンテナ輸送において縦型統合を進め、ターミナル運営や物流にも携わることで経営の効率化を実現したのです。
2000年代に入ると環境問題やサステナビリティに対しても、いちはやく取り組み、環境に配慮した航空機や船舶を導入しました。2014年には、CKYHEアライアンス(川崎汽船やCOSCO)に加入、2016年にはOCEAN Alliance(CMACGM、COSCO、Evergreen)を発表し、アジア・ヨーロッパ・アメリカ航路をさらに強化しました。
2021年には「Ever Given」という船のスエズ運河座礁事故は世界の物流に衝撃を与えたことで知られています。
現在、Evergreenは、アルファライナー調べによる運航船腹量ランキングでは世界7位となっています。
これまで戦後の台湾の民主化、近代化、経済発展の歴史とEvergreenについてみてきましたが、世界トップクラスのEvergreenを一代で築き上げた張榮發は、どんな方だったのでしょうか。最後に、張榮發について簡単に紹介させていただきます。
張榮發は1927年、日本統治下時代の台湾に生まれ、2016年に88歳でこの世を去りました。
少年時代から、日系海運業者に勤めるかたわら、夜間は商業学校に通いながら航海士となります。複数の船社で約15年間、船員として一等航海士や船長の経験を積みました。そして中古船を購入したその1隻から、経営手腕とリーダーシップによりEvergreenを発展へ導きました。海運業の拡大機には日本の商社丸紅からの資金援助や、航空事業への参入期には全日空からの支援など、日本とも非常に関係の強い方でした。航空事業に参入する際には、日本で関連書籍を買い込み勉強されたそうです。張榮發は、先見の明や経営センス、卓越した経営手腕はもちろんのこと、たゆまぬ努力を積み重ねられた勤勉な方なのでしょう。
また、張榮發は、東日本大震災直後に、個人名義で義援金10億円を寄付しました。当時、エバー航空は仙台空港に定期便を飛ばしていたのですが、張榮發はテレビでみた津波と震災のニュースに涙を流したそうです。さらに、個人だけでなく会社としても支援を惜しまず、「海運や航空のグループ傘下企業に対し、毛布などの支援物資を運搬するよう指示。エバー航空の機材を使用して、各国政府や国際援助組織の物資まで、無償で日本に運んだ。」(産経新聞 2017/3/11記事より引用)とのことです。
1985年のこと、張榮發は、「人は功徳を積んで善事をなす」という信念に基づき、奨学金の提供などをする財団法人、張栄発基金会を設立しました。その基金をもとに台北には、張榮海事博物館(Evergreen Maritime Museum CHANG YUNG-FA Foundation)があります。いつか訪れた際には、visit reportをお届けしますね!
画像出典: EVERGREEN LINE Official Site
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参考資料 (2023年8月14日閲覧):
EVERGREEN Official Site
EVA AIR Official Site
International Monetary Fund Taiwan Province of China
International Monetary Fund JAPAN
Wedge Online 2016/8/25
小野瀬拡 「企業家に与える経験の影響 : 長栄集団・張栄発の事例をもとに」 『九州産業大学経営学論集』 第25巻第1号, 2014年, pp.31-48
海事プレスONLINE 2011年3月24日記事
財務省 財務総合政策研究所 第10章台湾
産経新聞 2017/3/11記事
世界史の窓 台湾
世界史の窓 新興工業経済地域/NIEs
陳正達 「戦後台湾造船業の発展 : 産業政策と発展戦略の検討を中心に」 『京都大学経済学会 經濟論叢』 第185巻第3号, 2011年, pp.43-62