Kay Gosho 最高技術責任者
一橋大学経済学部を卒業後、人材系大手企業にて、機械学習を用いた検索アルゴリズムやレコメンドシステムを開発。その後、スタートアップCTOを経て、フリーランスに転身。スタートアップからメガベンチャーまで、 システム開発全般をサポートをしている。MonCargoを起業し、CTO として技術全てを担当。
2023年10月7日、ガザ地区を実効支配するイスラム武装組織ハマスはイスラエルへの攻撃を開始し、イスラエルとハマスの間での武力衝突(イスラエル・ガザ戦争)が勃発しました。本記事では、この戦争の背景とこれによって生じている国際海上物流の混乱について解説します。
2022年2月のロシアのウクライナ侵攻以来、アメリカを盟主とする西側諸国と中国・ロシアを中心とする東側諸国の対立が激化していますが、今回のイスラエル・ガザ戦争は分断に拍車をかけています。
中東の国際関係は複雑で、親米国家のサウジアラビアやNATO加盟国であるトルコもいる一方、イランやシリアなど反米・親ロシア的な国家も存在しています。しかし、ガザ地区での人道危機を懸念しているという点では一致し、2023年11月11日のアラブとイスラム諸国の臨時合同首脳会議で「イスラエルによるガザ地区への報復攻撃は戦争犯罪であり、悲惨な影響を生むことについて警告する」という共同声明を発表しました[^1]。
その中でも、イスラエルとアメリカに対し最も敵対姿勢を取っているのはイランです。イランは1979年まで親米国家でしたが、同年のイラン革命により反米国家となりました。その後もイラン=イラク戦争や核開発を巡ってアメリカと対立してきました。
アメリカはイスラエルの強力な支援者です。イランはイスラエルとアメリカに対抗するため、ガザ地区を実効支配するハマスをはじめ様々な武装組織に武器を提供してきました。今回のイスラエル=ハマス戦争においても、イランとの協力関係があったという説もあります(イランの国連大使は否定しています)[^2]。
こうした状況の中、イランが支援するイスラム武装組織「フーシ派」が、紅海を通過する船舶に攻撃を開始しました。これについて、国際海上物流に与える影響について解説していきます。
フーシ派は1997年に結成されたイスラム武装組織で、紅海に面するイエメン北西部を実効支配し、今回のイスラエル・ガザ戦争でもハマスを支持しています。フーシ派はイスラエルへの支援物資を滞らせるため、2023年12月、紅海からスエズ運河経由でイスラエルに航行する船舶への武力攻撃を開始しました。フーシ派は強力な軍隊を保持しており[^3]、その軍事行動はドローンやミサイルを使った組織的で精緻なものです。紅海を航行する船舶が攻撃を受けた場合、航行に支障が出ることは避けられません。
各国の大手船会社は紅海を避け、アフリカ最南端の喜望峰を回る迂回ルートに切り替えると表明しました。具体的には以下の通りです。
MSC公式サイトによると、2023年12月15日及び26日、MSCのコンテナ船が紅海を通過中に攻撃を受けました。いずれも乗員は無事で怪我はありませんでしたが、乗組員の安全を最優先に考え、安全が確保されるまではスエズ運河の船舶を喜望峰経由に迂回させる航路を継続するとのことです。
MAERSK公式サイトによると、2023年12月15日にMSCのコンテナ船が紅海を通過中に攻撃されたことを受け、紅海への航行を喜望峰経由に変更することを決定しました。12月24日及び29日には多国籍軍 (Operation Prosperity Guardian, OPG) による護衛が結成されたことを受け紅海ルートを再開する見通しを立てましたが、30日に再び攻撃を受けたため、1月2日までは停止するという声明を31日に発表しました。そして1月2日、全ての紅海ルートを喜望峰ルートに迂回することを発表しました。
CMA CGM公式サイトが2023年12月26日に発表した声明によると、紅海での最近の出来事に深い懸念を抱いており、自社の海上貨物券条項10に基づき、一部の船舶の航路を変更することを決定したとのことです。なお、一部の船舶は紅海を通過しました。変更した船舶の航路は以下のページから確認できます。
インターネット上の情報からは収集できませんでした。
Hapag-Lloyd公式サイトによると、2023年12月15日に同社の船舶「Al Jasrah」が攻撃されたことを受け、Bill of Lading / Sea Waybill 条項18「パフォーマンスに影響を与える事項」に基づき、即時にスエズ運河と紅海を避け、代わりに船舶を喜望峰経由で運航することを決定しました。紅海の状況を定期的に再評価し、船舶と乗組員、そして貨物の安全が保証された場合には、スエズ運河を通るサービスを再開するとのことです。
Evergreen公式サイトの2023年12月18日及び26日の発表によると、最近の戦時状況の激化を考慮し、紅海を経由する予定のコンテナ船は、航行を継続するためにスエズ運河を迂回し喜望峰ルート通じて目的地港に向かうとのことです。
ONE公式サイトの2023年12月20日の発表によると、現下の紅海区域およびアデン湾における安全を脅かす事象と、運航本船・船員に対する脅威の高まりに対応するため、緊急の安全対策として、同社運航本船のスエズ運河経由および紅海区域の航行取りやめを決定しました。今後は一時的な措置として、航行ルートを喜望峰経由に切り替えるか、もしくは本船の航海を一時停止して安全な区域に移動する方針とのことです。
2023年11月27日の発表によると、同社はアラビア海および紅海での世界貿易の安全な通行に対する脅威を考慮し、一時的な積極的な対策を取り、乗組員、船舶、および顧客の貨物の安全を確保するために一部の船舶の航路を変更しているとのことです。
喜望峰への迂回ルートによって発生する問題は下記の3点が挙げられます。
BBC によると、スエズ運河を使わずに喜望峰ルートで迂回すると、約6500kmほど遠くなり、航行日数は平均で9.5日の遅延が発生するとのことです。実際には、迂回するだけではなくルート変更の手続きや入港待ちも発生し、更に遅延すると考えられます。喜望峰ルートは歴史的に海難事故が多く発生するスポットという点も留意する必要があります[^4]。
出典: Hapag-Lloyd says Red Sea route still 'too dangerous' - BBC News
現在、米国を中心とした多国籍の軍隊が船舶を保護すると表明しており、実際にイラン製のドローンの撃墜や、ハイジャックを試みたフーシ派のボートの破壊などの戦果を挙げています[^5]。しかし、イスラエルの苛烈な攻撃への国際的な批判が高まっており、多国籍軍から距離を置いている国もある[^6]ため、西側諸国がどこまで連携できるかは不透明な部分が多いです。上述の通り、 MAERSK は12月29日に紅海ルートを復活すると発表しましたが、すぐに撤回しました。
現在、大手船社のほとんどが喜望峰迂回ルートを使うと表明していること、また同時にパナマ運河でも水位低下による通行制限があるなど、国際海上輸送の混乱は収拾の目処が立っていません。今後も最新の情報をチェックし、適切な対応を取ることが重要です。
1.
アラブとイスラム諸国の首脳ら、西側を非難 ガザの惨状めぐり - BBCニュース
2.
【解説】 ハマスとは何者か 今イスラエルを攻撃した理由は - BBCニュース
3.
Red Sea crisis: Who are the Houthis and why are they attacking ships? | CNN
4.
スエズ運河座礁で注目 「喜望峰ルート」の恐ろしさ - 日本経済新聞
5.
US Navy helicopters destroy Houthi boats in Red Sea after attempted hijack - BBC News
6.
US allies reluctant on Red Sea task force | Reuters